海外留学へのロードマップ②:臨床研究

海外医学留学を目指している循環器内科のDr.Jです。前回の記事では海外留学を行う上での必要な語学力について記述してみました。今回は海外留学を目指す上で必要なこととして臨床研究について触れていこうと思います。大学病院では臨床研究または基礎研究を行っている先生も多いと思われますが市中病院では臨床だけしている先生も多いかと思います。また自分の病院の後輩医でも当てはまる人が多いのですが、あまり研究に興味のない医師もおられます。研修医の先生は忙しく勉強することも山ほどありますので臨床研究について考える時間も余裕もないのも事実ではあります。実際、自分も研修医の時はそうでした(笑)。学生さんにとっても研究とは自分とは無縁のものに思ってしまいがちです。ですが、まだ臨床研究を始めたばかりの人間が語るのもおこがましいですが、今後留学に興味がある人や医師として高みを目指したいという人に向けて臨床研究を行う意義、海外留学に向けて何をしたらいいのかということを触れてい行きます。

目次

①臨床研究を行う意義

・違いの分かる人間になる

・医師としての名刺の代り

②留学へ向けて

・目標毎年論文1本、Case report1本以上

・機械学習を使った解析方法を習得する

①臨床研究を行う意義

・違いの分かる人間になる

臨床研究をすると「違いの分かる人間になる」。これは私自身、日々臨床を行っている上で臨床研究を始めて一番実感していることです。循環器内科として主にカテーテル治療に携わっておりますが、その中で様々な画像診断をして行かなければなりません。

例えば心筋梗塞や狭心症の患者さんにカテーテル治療を行う際にはまずは冠動脈造影検査(CAG)と言って造影剤を冠動脈に注入し冠動脈の狭窄・閉塞部位を見て治療適応・治療プランを考えます。狭窄部位に対し治療を行う際にはバルーンやステントを用いて治療(PCI)を行うのですが、その前に冠動脈の血栓や動脈硬化の性状を血管内超音波画像(Intravascular ultrasound:IVUS)や血管内光断層撮影用カテーテル(Optical Coherence Tomography:OCT)を用いて評価します。冠動脈の動脈硬化の原因として脂質性に富んだ病変であり、透析患者さんでは石灰化といって石のように固くなってしまった病変もあります。血栓や動脈硬化の性状を確認した後、それに見合ったサイズ・種類のバルーンやステントで狭窄部位を治療します。石灰化病変であった場合はバルーンだけでなくローターといったダイアモンドで出来たドリルのようなカテーテル治療を行うこともあります。心筋梗塞の患者さんは病態が刻一刻と変化します。血圧・呼吸状態と共に落ち着いていると思ったら急に致死性不整脈で心停止に至ったり、冠動脈の左主幹部動脈の閉塞で突然、心原性ショックに至ることもあります。じっくり画像を読み込み判断することももちろん大事なのですがこのような緊迫した現場では冠動脈造影を見て心筋梗塞の責任部位を瞬時に判断し、IVUSやOCTなどの画像を見てさっとそれに見合ったバルーン・ステントで治療を行います。この判断が間違ってしまうとなかなか冠動脈の血行再環流が得られなく胸痛の症状が続いてしまったり冠動脈解離・破裂などの合併症などで状態が悪化してしまったりなどといった可能性もあります。


このように瞬時に正確な判断を行うためには日々、画像を読み込むしかありません。最近はOCTの画像を読み込むのにAIを活用して動脈硬化の性状を脂質や石灰化などを判断するといった循環器内科の世界にもAIが入ってきています。ただ現時点ではありますが、このAIを使ったOCTの読影は専攻医の先生には役立つ時もあると思われますが、ある程度カテーテル治療を行ってきた人間からするとまだまだ誤判断が多い印象もあります。おそらくこのAIもどんどん発展していき我々専門医の領域にまで近づいてくるかもしれません。ただその診断が最終的に合っているかを判断し実際に侵襲的な治療をするのは人間であると思います。話が少しそれましたがこの正確に判断行う能力を身につけるためには画像をたくさん読み込む必要があります。しかし実際に日々の臨床で画像を見る機会だけで鍛錬を積むのは正直不十分です。私が以前勤めていた病院は循環器病院としては中規模程度の病院で年間のカテーテル治療(PCI)が600件程でした。私自身がメインのオペレーターとして月に大体10件ほどPCIしていましたが全然経験が足りません。目を養うためにも自分がメインオペレーターとして入る治療だけでなくアシスタントで入ったり、外回りとして見ている時にも治療中の画像を読影しますが、ずっとカテーテル治療に入れるわけでもなく定期外来や救急外来の対応などもしないといけない時もあります。このような状況で画像診断の能力を上げていくためにはどうすればいいのか。その一つの答えが私は臨床研究であると思っています。例えばOCTによる病変パターン毎の心筋梗塞患者の予後などを研究したい場合、病院にあるデータベースで何百件といったOCTの画像を読影し解析しパターン分析をしていきます。これを大抵一人で悶々としながら解析し続けます。正直なところ日々の業務が終わった後や土日などの休日にも電子カルテとずっと睨めっこしながら解析しパソコンにデータ入力をしていくのは中々の苦行です。仕事が終わったら飲みにも行きたいし週末はドライブで遠出したいなとか思う時もあります。ただ犠牲なくして勝利なしです。学会の締切に間に合わせるようにお尻に火をつけて1日に何十症例と解析していると画像の解析速度・判断力が身についてきます。臨床だけでは1日に何十症例と画像を見ることは不可能です。この臨床研究で得られた画像診断力が実際にカテーテル治療する際にも生きてきます。これが臨床研究をすることが「違いの分かる人間になる」という理由です。

・専門医としての名刺代り

これは私自身、まだまだ実績がない状態でありますが臨床研究を行う意義として専門医としての「名刺」を作ることだと思います。私は資格として循環器専門医、カテーテル治療認定医、経カテーテル大動脈弁治療指導医の資格を持っています。カテーテル治療専門医も来年取る予定です。学年としてはこれらの資格を比較的早い方で取れたのではないかと思いますが、これは学会やアカデミックな場にいくと何の称号にもならないです。学会などで注目を浴びている先生は論文を多く出していたり、研究のために複数の病院のデータベースをまとめたリジストリーを取り仕切っている先生です。また海外留学をする際でも論文を何本か出しているという実績は必要になってきます。海外でカテーテル治療を実際にするには海外の資格が必要になりますが、日本の専門医の資格だけではあまり意味がありません。どれだけ日本でカテーテル室に籠ってカテーテル治療をしていても、それだけでは海外でカテーテルを触ることはできません。循環器の研修医の先生も日々夜遅く残業して、当直してオンコールで自宅待機してと多忙な業務をこなしていると思いますが、それだけでは海外では認めてくれません。この臨床の忙しい日々を乗り越え、かつ臨床研究を行い論文として形を残すことで海外でも専門医として認められます。日々の努力・臨床医としての実績を形にするためにも臨床研究は必須であると思われます。

②留学へ向けて

目標毎年論文1本、Case report1本以上

さて、臨床研究への思いを語ったところで海外留学へ向けたロードマップに移っていきます。海外留学で専門医として認められるどれくらいの論文実績がいるのでしょうか?行く病院や国によって変わるのかもしれませんが、私の病院の上級医にアメリカに基礎研究で留学されていた先生がいます。その先生は臨床研究4本、基礎研究2本の論文を書いて留学したと言っていました。また私が勝手に追いかけているドイツで実際にカテーテル治療をされている先生は臨床研究2本、Case report数本と述べられておりました。

Chat GPTに聞いてみても

「論文執筆実績は、特に大学病院や大規模な施設で働く場合、Oberarztや上位ポジションへ昇格する上で重要視されることが多いです。Facharztを目指す段階では、必須ではないものの、ドイツ語もしくは英語での論文や学会発表の経験があると、キャリア上の強みになります。一般的に2〜3本程度の論文があれば十分評価されるケースが多いですが、分野によって異なるため、応募する病院の要件に応じて準備するのがよいでしょう。」

とのことです。自分は5年後を目標に留学を考えているので臨床研究の論文を毎年1本、Case reportを毎年1本以上書こうと目標にしています。

・機械学習、AIを使った解析方法を習得する

私が海外の病院に留学したい一つの理由として海外の病院にあるビッグデータを使いたいということです。今私が勤務している病院では経カテーテル大動脈弁治療術(TAVI)で年間50件前後、冠動脈治療(PCI)で年間300件前後です。臨床研究を行う上でネックになるのが症例数です。研究で結果を残すには数の勝負になってくることがあります。なかなか私が今いる病院だけでのデータはImpactが弱い実情です。

またデータの解析方法として様々なものがあり機械学習・ディープラーニングといった人工知能を使った解析があります。2024年の循環器学会総会でも機械学習を使った研究の発表は多く見られました。機械学習が使った解析はこれまでの解析とは異なり今までわかっていなかった疾病のリスクなどを探し出すことができる可能性があります。最近の循環器会での有名なAIを使った研究では患者さんの心電図からAIが解析し10年以内の心房細動(不整脈)を発症するリスクを見つけ出すという研究です。これはアメリカの研究チームが何万人もの心電図をディープラーニングなどの解析手法を用いて解析し心電図のリスクを抽出したとのことです。

これらの機械学習・ディープラーニングを使った解析を行って研究結果を出すためには莫大なデータ数が必要になってきます。海外では一つの病院がセンター化され症例数が集約されていたり、複数の病院がレジストリーを組んで大きなデータが構築されているシステムが出来上がっています。私の目標としてはこのセンター化され症例数が多い病院でレジストリーなどのビッグデータを元に機械学習・ディープラーニングを使って研究をすることです。

日々、AIは進歩しており先ほど述べたカテーテル治療のOCTでもAIが活用されているように徐々に医者の領域にも侵入してきています。いつかAIのレベルが専門医と同様になる時代もくるかもしれません。そのため我々医師が努めることとしてはAIに使われる医師になるのではなく、AIを使いこなす側、またAIを開発する側に回る必要があります。そのためにも機械学習・ディープラーニングを使った解析方法を取得するのは研究者としても臨床医としても必要であると思われます。

この機械学習・ディープラーニングの解析を行うにはプログラミング言語であるPythonを学ぶ必要があります。プログラミング言語は様々なものがありますが、Pythonが機械学習や人工知能などに多く使用されています。画像認識にもPythonが使われています。Pythonを使うためにはプログラミングの文法を学んで、実際にデータをPythonで解析していかなければなりません。私はPythonの文法を本やUdemyなどのWeb講座などである程度勉強したものの、まだPythonを使って解析した経験がありません。私が一番したい研究は経カテーテル大動脈弁治療術関連の研究なのですが、当院の症例数がまだまだ少ないためPythonを使うほどのデータがありません。そのため、当院での心筋梗塞の患者データベースがあり、それだと幾分かの症例数があるのでそれを使って機械学習の研究を今考えております。


まとめ

①臨床研究を行う意義

違いの分かる人間になる

臨床研究により莫大な症例数を浴びて「違いが分かる人間」になる

専門医としての名刺の代り

国際的な医師としての立場は論文なしではただの研修医も専門医も一緒

②留学へ向けて

・目標毎年論文1本、Case report1本以上

・機械学習、AIを使った解析方法を習得する

以上、臨床研究を行う意義および留学へ向けての臨床研究の簡単なロードマップを述べて見ました。後期研修医の先生や学生にとっては臨床研究の世界は無縁と思いがちかもしれませんが、臨床医として成長していくためには是非踏み入れて欲しい世界だと思っています。読んでもらって、少しでも参考になれば嬉しいです。

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